私は「二分脊椎症」という障害をもって生まれました。この病気は生まれつきこしの所にコブが出来て、そこのコブがはれつしていました。 生まれてすぐ手術しないといけないと言われ、大学病院で手術を受けました。私は赤ちゃんで何もわかりませんでしたが、手術の間お父さんもおばあちゃんも祈るように待っていたそうです。お母さんはベットの上で「どうぞ助かりますように」とずっとお祈りしていたそうです。私のお姉ちゃんは、手術が終わったと聞いたとき「手術が成功した!」と喜んで仏だんへと、とんでいったそうです。 私は、お母さんに一度「私が生まれてきてよかったと思う?」と聞いた事があります。おかあさんは「そりゃ、たっちゃんがお母さんの子に生まれてよかったよ。わが家の天使だもんね。」と言ったので、私はうれしくて「おかあさん、ありがとう!」と言いました。
私は、お姉ちゃんと11才はなれていますが、よくケンカをします。
私は今、両足に補装具をはめて生活しています。みんなと同じように体育も持久走もするし、なわとびもとべるようになりました。みんなが私のことを一生けん命応援してくれます。だから力が出てきます。
私は足が悪くて障害者ですが、悲しいなどと思った事は一度もありません。世の中には、心の障害者の人がたくさんいて その人達はかわいそうだなと思います。私は絶対、心の障害者にだけはなりたくありません。 |
2010年3月3日 たっちゃん(小学校6年時) |
前回予告した、たっちゃんが12歳の時の作文です。障がいを持っている少女の心のうち、を越えて『家族』『姉妹兄弟』『いじめ』というように、皆が抱えている普遍的なものが見えてきます。むしろ彼女は体の障がいを持って生まれたことによって、同世代の人の中では一足先に知ってしまったことも多かったんでしょう。一生かけても分からずじまいの人もいるかもしれないのに、です。皆同じだということと、でも皆少しずつ違っているということ。その違いは、体・性格・心・環境・生まれ・様々な能力・・・といろいろ。そのお互いの違いを意識して助け合う、という意味では『皆同じ』なのですね、きっと。この小さな12歳の少女の作文から、随分大きなテーマをもらった気がします。ありがとう、12のたっちゃん!! |
土井 美加 |